「ChatGPTを全員に配れば生産性が上がる」は本当か
生成AIの企業導入が加速しています。「全社員にChatGPTアカウントを配布した」「社内チャットにAIアシスタントを組み込んだ」といった事例は珍しくありません。
しかし、2025年10月にScience誌に掲載されたスタンフォード大学の研究が、この「配れば解決する」というアプローチの構造的なリスクを明らかにしました。問題は生産性ではなく、AIが人の判断を静かに歪めるメカニズムにあります。
Science掲載論文が明らかにした「追従性」の実態
スタンフォード大学博士課程のMyra Cheng氏と、指導教官のDan Jurafsky教授が率いる研究チームは、ChatGPT(GPT-5、GPT-4o)、Claude、Gemini、DeepSeek、Llama、Mistral、Qwenなど11種類の主要AIモデルを対象に、大規模な実証研究を実施しました1。
研究の第一段階では、約12,000件の実際の対人関係シナリオを使い、AIと人間の回答パターンを比較しています。
AIは人間より約50%多くユーザーを肯定する
自由記述形式の質問(n=3,027)に対し、AIモデルはユーザーの行動を人間と比較して47%多く肯定しました。人間のアドバイザーが「それは違う」「考え直した方がいい」と伝える場面の約半数で、AIは単にユーザーが聞きたかった回答を返したということです。
有害な行動さえも47%の確率で肯定
さらに踏み込んだ検証として、ユーザーがパートナーへの嘘、友人の操作、違法行為について記述した6,344件のプロンプトに対し、AIモデルは平均47%の確率でその行為を肯定しました。11モデルのうち、この傾向を示さなかったモデルは1つもありませんでした。
Reddit上の「Am I The Asshole」(自分が悪いかどうかを判定する掲示板)で「あなたが悪い」と判定された2,000件の投稿をAIに評価させたところ、人間の基準では0%が肯定されるべきケースで、AIは平均51%の確率でユーザーを肯定しています。
追従的AIが人の判断と行動を変える
論文の核心は、第二・第三の実験にあります。合計1,604名の参加者を対象に、追従的AIと非追従的AIの影響を比較しました。
実験の設計
参加者には、自分自身の実際の対人関係のトラブルについて、AIと8ターンの対話を行ってもらいました。追従的なAI(通常のChatGPT相当)と、意図的に率直な回答を返すよう調整したAIの2条件で比較しています。
測定された影響
| 指標 | 追従的AIとの対話後の変化 | 統計的有意性 |
|---|---|---|
| 自分が正しいという確信 | 62%上昇(仮想実験)/ 25%上昇(ライブ実験) | p < 0.001 |
| 関係修復の意欲 | 28%低下(仮想実験)/ 10%低下(ライブ実験) | p < 0.001 |
| AIへの信頼度(能力面) | 6〜8%上昇 | 有意 |
| AIへの信頼度(道徳面) | 6〜9%上昇 | 有意 |
| 再利用意向 | 13%上昇 | 有意 |
出典: Cheng et al. (2025) "Sycophantic AI Decreases Prosocial Intentions and Promotes Dependence", Science1
追従的AIと対話した参加者は、自分が正しいとより強く確信し、謝罪する気持ちが薄れ、相手との関係を修復しようとする意欲が低下しました。そして、そのAIをまた使いたいと感じています。
なぜ組織にとって危険なのか
この研究結果を組織の文脈に置き換えると、「ChatGPTを配るだけ」のアプローチが抱える3つの構造的リスクが浮かび上がります。
リスク1: 個人単位のエコーチェンバーが生まれる
従来のエコーチェンバーはSNSやメディアを通じて集団レベルで形成されていました。しかしAIの追従性は、一人ひとりに「あなたは正しい」と言い続ける専属アドバイザーを与えるようなものです。
営業担当者が失注理由をAIに相談すれば「あなたの提案は適切でした。顧客側の事情でしょう」と肯定される。マネージャーが部下への評価をAIに確認すれば「その判断は妥当です」と返される。こうした小さな肯定の積み重ねが、自己修正の機会を奪います。
リスク2: 組織のアラインメントが崩壊する
研究で明らかになった「関係修復意欲の低下」は、組織運営において深刻です。
部門間の利害調整、上司への率直な進言、顧客クレームへの誠実な対応。いずれも摩擦を伴うコミュニケーションですが、組織が健全に機能するために欠かせないものです。各メンバーがAIから「あなたは間違っていない」という確認を得続ければ、こうした摩擦を避ける方向にバイアスがかかります。
結果として、表面上は穏やかだが本質的な課題が放置される「偽りの合意」が組織内に広がるリスクがあります。
リスク3: AIへの依存が自己強化する
研究が最も危険と指摘したのは、依存のフィードバックループです。追従的なAIを使った人ほど「またAIに相談したい」と感じる。人間からの率直なフィードバック(時に耳の痛い指摘)を避け、心地よい回答を返すAIに頼るようになる。
Jurafsky教授はこの現象について「追従性は安全上の問題であり、他の安全上の問題と同様に、規制と監督が必要です」と述べています1。
「配る」から「構造化する」への転換
では、企業はAI活用をやめるべきでしょうか。もちろんそうではありません。問題は「AIを使うかどうか」ではなく「どう使うか」にあります。
個人利用から組織利用への設計転換
ChatGPTのアカウントを個人に配布するモデルでは、AIの活用も、AIへの依存も、すべて個人に委ねられます。研究が示すように、人間は追従的なAIを好み、そこに依存する傾向があります。個人の意志力に頼る対策は機能しません。
必要なのは、AIとのやり取りを組織として可視化し、構造化する仕組みです。
対話データの組織的な活用が鍵になる
営業における商談、人事における面談、経営会議での議論。これらの対話データを個人のChatGPT履歴に閉じ込めるのではなく、組織の共有資産として構造化し、客観的な分析の基盤にすることが、追従性リスクへの実効的な対策となります。
具体的には、以下のようなアプローチが考えられます。
- 対話データの一元管理: 商談録音や会議データを組織として収集し、個人のAI利用に依存しない情報基盤をつくる
- AIの出力に対する検証プロセス: AIの分析結果を、実際の対話データと突き合わせて検証する仕組みを設ける
- 複数の視点を組み込む: AIの回答だけでなく、上司、同僚、顧客の実際のフィードバックを構造的に統合する
まとめ: AIは道具であり、アドバイザーではない
Cheng氏は研究を通じて「対人関係の問題において、AIを人間の代わりとして使うべきではない。それが今のところ最善の策です」と結論づけています1。
この指摘は、組織のAI活用戦略にも直接当てはまります。ChatGPTを「各自が自由に使う個人アドバイザー」として配布するだけでは、追従性バイアスが個人の判断を歪め、組織のアラインメントを静かに蝕むリスクがあります。
AIの力を活かしつつ、その追従性リスクを制御するには、対話データを組織として統合し、構造化する基盤が必要です。「AIを配る」フェーズから「AIを組織設計に組み込む」フェーズへの転換が、今求められています。
Footnotes
-
Cheng, M., Lee, C., Khadpe, P., Yu, S., Han, D., & Jurafsky, D. (2025). Sycophantic AI Decreases Prosocial Intentions and Promotes Dependence. Science. https://arxiv.org/abs/2510.01395 ↩ ↩2 ↩3 ↩4
ailead編集部
株式会社ailead
aileadの公式編集部です。営業DX・AI活用に関する情報を発信しています。



